EMERAUDE ARCHITECTURAL LABORATORY CO,LTD. 
 

優しさを手向ける時代

小見山 健次 Kenji Komiyama



生き続ける建築

隣町にお住まいのH先生はご高齢ですが、「おお先生」として未だ現役で診療を続けておられる町の名医です。先日も声を掛けて頂きご自宅を訪問する機会がありました。先代が建てられたという住まいを兼ねた医院は明治・大正期に建設された瀟洒な木造建築で100年余の時代を経ても先生と同じく矍鑠として深い趣と風情とを醸しています。窓辺から廊下の隅々に至るまで丁寧に掃き清められ、かつて先生のお母様が愛用され油彩画を描かれていたという個室などは画架の脇に置かれた絵の具のチューブがつい先日使われたかのように精彩を放っています。まさに歴史が降り積もっているばかりなのです。当時はひときわモダンだったと思われるコンクリート壁の一部には夏蔦が這い、端正に植樹された周囲の樹木たちの緑にまぎれて、あたかも静かな息遣いが聞こえてくるかのようです。

宿る「命(いのち)」

この建築は人に護られ愛されてきたからこそ共に生き続けられたのでしょう。人と同じようにいつか老いて朽ちる時はやって来るのでしょうが、優しくいたわり見守ってもらえる環境さえあるならば、建築にとっても生きることへの希求はまさに永遠と言うべきです。彼らがそんな願いを持ち続けられるような環境づくりには関わる人たちの優しさが不可欠です。石の文化の中で生まれた建築たちと違って、木の文化の中で生まれた日本の建築たちはことさらに繊細で、むしろ脆弱ですらあります。だからこそいたわりや思いやりの心が必要なのです。

私たち建築家にとっては世に生まれ出た建築が嫁ぐ娘のように愛しいのも、彼らに宿る生命を感じるからです。事実、彼らは私たちの生活と共にあって四季の変化にすら呼応して様々な表情で心を癒してくれてきましたし、生き続ける老いた建築たちに至っては、年輪のように深く刻み込まれた日常の歴史を幾重にも重ねながら、若い建築にはおよびもつかないほどに深い威厳をもった表情で私たちの心に響いてきます。それは家族の中の祖父母や曽祖父母たちが家族の歴史を湛える無二の存在であるのと同じように、いわば私たちの心の故郷でもあるのでしょう。

優しさの原点

相手への優しさは自らの弱さを認めるところから始まります。いわば「優しさ」と「弱さ」とは裏表の関係にあるとも言えます。弱い立場の人たちと真の優しさで心を一つにするためには慈悲とか慰めとかではなく、対等な立場で互いの存在を認め合えるだけの豊かな心が必要なのです。建築との関わりもまさに年老いた人たちとの関わり方に似ています。建築も環境次第でその命はあまりに儚いものです。スクラップアンドビルドと呼ばれた建築の消費社会が失墜して久しいですが、厳しい時代を背景にいつのまにか本格的な高齢化社会を迎えています。そんな時代だからこそ私たちは「優しさ」の原点を改めて問われるのだと思います。お年寄りたちに接するのと同じ心で、自らが関わる建築にも真の優しさを手向けるべき時代が到来していると言えます。