EMERAUDE ARCHITECTURAL LABORATORY CO,LTD. 
 

物語(ドラマ)

小見山 健次 Kenji Komiyama



モノが持つ〈力〉

モノや時代の「空気」がしっかりと捉えられた建築は魅力的です。必ずしも美的な要素だけが建築の価値を決めるわけではないですけれども、家づくりの究極の目的が癒しの場づくりだとすればより美しく魅力的であることに異論はないはずです。「空気を捉える」とは時代背景を睨みながらモノとモノとの関係を探るいわば美の手法です。モノが本来持つ力をどう引き出すかに関わる感覚でもあります。
例えば何の変哲もない「紙切れ」。それが新聞紙やチラシだとしたら「情報を伝える」という目的を果たした後のそれには何の価値もありません。しかしそれに火がついたらどうでしょう。めらめらと燃え上がるそれは確実に人を戦慄させ身震いするほどに緊張させるでしょう。炎となった途端にある力を発し、人がそれに与えた目的とは違った力で私たちに迫ってきます。モノが持つ本来の力とは多分そうしたものなのです。

モノがモノらしくあるために

美しいという価値は人がモノに与える評価ですが、その中身についてはほとんど予測していません。だから皮肉にも出来上がる前のほうが美しい建築だったりします。どんなに平凡な家でも全ての柱や梁があらわになっている「建て前」の頃は人に新しい何かを予感させてくれるものです。だから文句なしに美しいと言えます。建築を組み立てている各々の材料がそれらしくいてくれる唯一の瞬間でもあります。屋根や壁が張られて、さらには色が塗られて家らしくなるにつれて、大方の建築はオブラートをかけたようにおとなしい「ただの家」になってしまいます。本当は人の心を捉える建築としてどう収束させるかが建築設計の本質であるのに、おそらく生きた素材表現への意志と力とが設計者にも施工者にも希薄なせいなのでしょう。何世代ものあいだ、生きながらえてきた建築がいまだに魅力的なのは木や土や石など、モノがモノらしくあるための操作が設計者や施工者の意志を介さなくても自然に導かれる時代に造られたからだと思います。かやぶき屋根の民家が美を意識して造られたものではないのに美しい理由はそこに起因しています。しかし現代は少し様子が異なります。化学的な合成技術によって生まれた「新建材」は安易に使うと前述のような結果を引き起こす極めて危険な材料なのです。

建築は「物語(ドラマ)」

唐突で気障な言い方ですけれど建築は観客を前にした「物語(ドラマ)」と言っていいと思います。人は気持ちのいい景観や風景を求めていますから人前で建築が演ずべきドラマのテーマはさしずめ「癒し」と言うべきでしょうか。それだけに空間を切り取り、そこに起用する役者としての建材を選び、趣のある「物語」を演出しなければなりません。実はそうした意味で建築家の役割は重いのです。ある高名な建築家がこうした演出のための切り口を「内は自分のもの、外はみんなのもの」と表現しましたが見事に言い当てています。“「家」は家族が演ずるための「舞台」である”と言う構図には「観客」が登場しません。「家」は単に家族のための舞台ではなくて、多くの観客を前にしたそれ自体が生きたドラマなのだと思います。だからこそ日本中で「心に沁みる素敵なドラマ」づくりが求められてやまないのでしょう。